「お釈迦になる」の語源はまさかの職人のうっかりミス?!

「お釈迦になる」の語源はまさかの職人のうっかりミス?!

壊れてしまって使い物にならなくなったもののことを「オシャカになる」といいます。

耳にしたことはある言葉だと思いますが、漢字ではどのように書くかご存知ですか?
「お釈迦になる」と書きます。

仏教界においては大変有りがたい存在であるお釈迦様がなぜマイナスな表現として使用されるようになったのでしょうか?

どんな語源や由来があるのか気になったので調べてみることにしました。
なかなか面白い話が出てきたので皆様にご紹介したいと思います。

お釈迦になるの意味

語源・由来の前に、まず意味を確認しましょう。

「お釈迦になる」とは
壊れて使い物にならなくなる。
取り返しがつかなくなる。
という意味で使われます。

事故で車が廃車になってしまった時には
「車がお釈迦になった」
台風の影響で当初の計画がだめになってしまった時には
「計画がお釈迦になってしまった」
という様に使います。

やはりマイナスの意味で使いますよね。

お釈迦になるの語源・由来

これには諸説あるようです。
どの説も面白く興味深いものでした。
今回はその中から3つの説をご紹介します。

鋳物職人の間違い説

それは江戸時代にとある鋳物工場で起きた話。
阿弥陀像を作ってくれと頼まれた職人。ところがいざ出来上がった阿弥陀像は、その顔はどうみてもお釈迦様。

頼んだ側からしたら、そりゃ大変ありがたいお釈迦様でも不要なものは不要。
残念ながら出来上がったこのお釈迦様の顔をした像は廃棄するしかなかったのです。
この事から、不良品やダメになる物をこういうようになったという説。

鍛冶屋のなまり説

東京下町にあった鍛冶屋での話。
鍛冶屋では火の強さ加減が商品の出来を分ける命とも言われています。
火が弱過ぎてもダメだが、強すぎても半田が流れ出てしまうのでダメ。

炙り過ぎて不良品を出した時「火が強かった」と言ったのだが、江戸訛りで「しがつよかった」と発音したことから、
「火が強かった」→「ひがつよかった」→「しがつよかった」→「しがつようかだ」
と変化していき、
4月8日がお釈迦様の誕生日であることから「お釈迦になった」という江戸っ子の洒落からうまれた。という説。

花祭り説

お釈迦さまの誕生日には花祭りが行なわれます。
花祭りでは、お釈迦さまの像に頭から甘酒をかけるという風習があります。
お釈迦像は甘酒で全身びしょぬれになります。

そこから雨などで全身びしょぬれになることを「お釈迦さまになる」と言い、
それが転じて、水に濡れて使えなくなったものを「お釈迦になる」という様になったという説。

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どれが本当かはわかりませんが、どれも面白いですね。
個人的に洒落説が好きですが、あまりにも出来すぎていて信憑性がないと言われているそうで残念。

まとめ

「オシャカになる」という言葉の語源に、仏教があまり関係なかったとは意外です。

作業工程のミスで不良品になってしまった。
車が壊れて動かなくなってしまった。
玩具を踏んづけて壊してしまった。

語源が仏教に関係なかったとしても、この残念なことが起きた時に、
「大丈夫だよ。もう1回出直そう」
とお釈迦さまが言ってくれていると思えばマイナスもプラスに考えられるかも。

「失敗を無駄にせずに生きていきなさい」とお釈迦さまに教えられた気分です。