「引導を渡す」の由来は実はありがたい言葉?!

「引導を渡す」の由来は実はありがたい言葉?!

「今日こそあいつに引導を渡してやる!」

ドラマやアニメなんかでしばしば聞くフレーズですね。
イメージ的には、某ご隠居様が振りかざす印籠のようなニュアンスで使われますね。
成敗してやる!みたいな。

そんな「引導を渡す」という言葉。
本来はどういった意味で、どんな由来のある言葉なのでしょうか。

引導を渡すの意味

「引導を渡す」の意味を辞書で引くと

「僧が死者に、迷いを捨て去り悟りを開くよう説くこと」
「命が無くなることをわからせること」

となっています。

後者の意味から転じて
「諦めさせるために最終宣告する」
という意味として現在よく使われていますね。

まさに「この紋所が目に入らぬか!」の状態です。

そもそも引導とは

「引導を渡す」の「引導」ですが、これは元々仏教用語です。

「人を指導して仏道に入らせること」や、
「死者に対して僧侶が経を唱え、涅槃の世界へ導くこと」

を指します。

「涅槃」とは、仏教において
「一切の煩悩から解脱した、不生不滅の高い境地」
のこと。
仏教の究極的な実践目的であるとされています。

「引導」に導くの文字が入っているのは、涅槃に導いているんですね。

引導を渡すの語源

「引導」が仏教用語なら、もちろん「引導を渡す」も仏教由来の言葉です。

「人々を仏道に入れるよう導くこと」が元々の意味ですが、ここから転じて
「僧が柩の前で、死者が迷いなく悟りを開けるように経を唱えること」
という意味になりました。

更に、これが死んだことをわからせるための儀式であることから、現在使われる「最終宣告」の意味になった、とされています。

本来は、生前の迷いを絶ち切らせてくれるありがたい儀式だったのですね。
しかしその仏教の世界から離れると、「引導を渡される」のは勘弁願いたいものです。

引導を渡す儀式

語源のところでも触れましたが、本来引導を渡されるのはお葬式の時です。
やり方は宗派によって様々あるようです。

参考までに、禅宗では、法要を主宰する導師が柩の前で引導法語や偈頌を唱え、「喝」など大声を発する、というのが、引導を渡す儀式だそうです。

私はお葬式自体は何度か参列していますが、あまり覚えがありません。
宗派の違いでしょうか?

おわりに

いかがでしたでしょうか。
元は仏教のありがたい儀式。
悟りを開くよう導くのが「引導を渡す」です。

堪忍袋の緒が切れた、のような状態で使われることが多い言葉ですが、実は最終宣告することで相手を更生させているという側面もあるようにも思います。

そう考えると、現在使われる意味においても、やはりありがたいことに変わりないのかもしれませんね。