「後の祭り」の意味や語源。使い方

「後の祭り」の意味や語源。使い方

「後の祭り」ってよく耳にしますが、なんとなく楽しい祭りじゃないような気がするけど、意外と本当の意味や使い方って知らないって方のために、調べてみました。

「後の祭り」の意味と使い方

「後の祭り」とは後悔や手遅れを指す言葉です。
ちなみに「後の祭り」はことわざに分類されます。

使い方としては

  • 虫歯になってしまい、もっときっちり歯磨きしておけばよかったと思っても「後の祭り」だ。
  • 急に雨に降られ、天気予報を見ておけばよかったと思っても「後の祭り」だ。

ある事象が発生し悪い結果になった時、こうしておけばとよかったと思う後悔の気持ちを表します。

「後の祭り」の語源

諸説ありますが、日本三大祭のひとつ京都の祇園祭からきているという説が有力のようです。

観光客も多くかなり有名な祇園祭ですが、実は祇園祭は7月1日から7月31日の1ヶ月間行われています。

観光客が多く訪れるのは7月中旬に行われる前祭と呼ばれるもので、2018年の日程だと、前祭(宵宮)14日~16日、前祭(山鉾巡行)17日の予定です。15・16日は四条通と烏丸通が夕方から通行止めになり歩行者天国になり、露店が多く立ち並びます。
そして17日の山鉾巡行がメインイベントで多くの人で賑わいます。

私は京都の近くに住んでいるので、祇園祭は何度か足を運んだことがあるのですが、祇園祭と言えば露店が出ている期間と山鉾巡行だけだと思っていました。
祇園祭が1ヶ月間もあることはつい最近知りました。

ここで疑問がひとつ。
メインイベントの山鉾巡行が前祭になっているのです。
そう、実は祇園祭には後祭があります。
前祭と同じように、宵宮・山鉾巡行が7月下旬にあります。
知っているかたは少ないのではないでしょうか?
私もまったく知りませんでした。後祭は露店の出店もなく、見物客も少ないようです。

ここで出てきた「後祭」という言葉。
これこそが後の祭りの語源だと言われています。
1000年以上続いている祇園祭、昔の人々もメインは前祭で、規模の小さい後祭を見に行っても華やかさに欠けるため、後祭に行っても意味がないと
いうことから、「後の祭り」という言葉が誕生したという説が有力です。

その他、祭りが終わった後に見物しても意味がない、祭りが終わったら山車は必要ないなどの説もあります。

また、故人に対して壮大な儀式(葬儀)をしても意味がないなどのことから、「後悔や手遅れ」を表す意味があるようですが、やはり祇園祭説が最有力です。

「後の祭り」の類義語

「後の祭り」の類義語はかなり多くあるので省略しますが、ひとつだけ気になったものがあるので紹介したいと思います。

「後悔先に立たず」も同じ結果に対しての後悔を表しますが、「後の祭り」とは微妙にニュアンスが違うように思います。

同じようにネガティブな表現ですが、「後悔先に立たず」のほうが自責の念が強く、その先に前向きな気持ちもある感じがするのですが、「後の祭り」は完全に諦めの気持ちが強いような気がします。
たしかに言葉どおり祭りが終わってしまったら、どうしようもないって感じがします。

「後悔先に立たず」は、自分がもう少しこうしておけばよかったと自分が100%悪いって印象があります。

もちろんほぼ同じ意味なのは分かるのですが、例えば「後悔先に立たず」は面接などで座右の銘として言ってもおかしくない言葉ですが、座右の銘が「後の祭り」と言う人はいていないと思います。

日本語って難しいですね。似たような意味の言葉でも語源を調べるともう少し深い意味合い、ニュアンスの違いが理解できるかもしれません。

「後の祭り」を英語で言うと

「後の祭り」は英語ではどのように表現するのでしょう。
アフターフェスティバルではもちろんありません。
「祭りの後」と直訳したとしても
The day after the festival
のほうが伝わるでしょう。

「後の祭り」は
It’s  too late
「遅すぎた」と訳されます。

ただし、英語圏の外国人に「後の祭り」のニュアンス的な部分まで伝わるかどうか分かりません。
外国人には日本人のわびさびがなかなか理解することが難しいからです。
「後の祭り」の言葉の響きや余韻は英語にはありません。
too late 「遅すぎた」の一言でしか表現できないからです。

後の祭りは日本独自の表現方法

さきほど外国人には「後の祭り」の本質まで理解することは難しいと言いましたが、日本人(特に若い世代)は「後の祭り」をほとんど使わなくなりました。

日本の古き良き言葉がどんどん衰退していているのが事実です。
「後のまつり」は日本で1000年以上も前に誕生した言葉で、日本の歴史や文化、昔の人々の風情や情景も見えてきます。

そういう深い意味合いがある言葉を作り出せるが日本の独自の素晴らしい文化のひとつだと思います。

このまま日本の古き良き言葉が「死語」にならないようにして欲しいものです。
素晴らしい日本語が完全に消滅してしまえば、それこそ「後の祭り」になってしまうのではないでしょうか?

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする