うつ病の症状の更なる悪化、そして退職。ヨメさんとの溝。

うつ病悪化で退職

心身ともに疲れ果て限界を超え、心療内科で「うつ病」と診断された僕でしたが、仕事を辞める訳にはいかない!と強く考えていた僕は

「大丈夫です。やれます。」

と社長に告げて仕事を続ける事にしました。

当時、僕自身も、社長も、家族も、周囲も、誰も「うつ病」や対処法についてほとんど知らない状態でした。

なので

僕自身うつ病はシンドいですが、だからといって仕事をどうこうするつもりは(はじめのうちは)全く考えませんでした。

病院から薬ももらったし、どうにかなると本気で思っていました。

社長も、僕の「大丈夫です。やれます。」という宣言を尊重してくれていたんだと思いますが、特に業務を抑えるような対応などは取らず、これまで通りの仕事を僕に振ってきました。

上司や同僚は、努めて今まで通りに接してくれていました。というか、他にどうする事もできなかったでしょう。

ヨメさんは、体調の心配をもちろんしてくれましたが、それ以上に仕事の心配、生活の心配をストレートにぶつけてきました。

まだまだ誰一人として、これより状況が悪化するとは考えていませんでした。いや、考えないようにしていたのかもしれないです。

でも、自分含め誰も何も対策を取らなかったのが悪かったのか、うつ病の症状は悪化の一途を辿り、最後は会社を退職して寝たきり状態にまで落ちていくのです。

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悪化する一方のうつ病の症状。

うつ病診断以降、これまで通りに仕事を続けていましたが、心身の不調は悪化する一方でした。

●初期の頃はまだ気持ちに波があり、シンドい時もあればテンションが高めの時もありましたが、次第に波はなくなり凪になり、終始暗い気持ちで沈み込み、表情も感情も動かなくなりました。

●何故こんな事になってしまったのか。まとまらない頭でぐるぐると考え続けました。

「自分に能力がないからなのか」「上京したのは間違いだったんじゃないか」「ヨメに負担をかけてしまっているんじゃないか」「こんな状態になって恥ずかしいい」「自分はダメ人間だ」「もう人生終わった」・・・・・

ぐるぐるぐるぐる考えてはいますが何一つまとまらず答えも出ず、そもそも考えてもしょうがないことばかり考えて、考えれば考えるほど暗くなる要素ばかりが増え、でも考えることがやめられず、ネガティブでほとんど意味のない思考に取り憑かれていました。

●思考はまとまらず集中も出来ず、頭の中では様々な言葉が竜巻のように吹き荒れているのだけれど、その言葉を捕まえることが出来ないので、まともにアウトプットが出来ません。

頭の中の竜巻の大部分は

「ヤバい」「終了」「最悪」「死」

といったネガティブな言葉ばかり。

なので、辛うじて捕まえられた言葉を並べてみても、ますます辛くなっていくばかりです。

●身体は全体的に重く感じるようになり、歩幅は狭くなり、ついには頭が上がらなくなり前を向けず常に俯いた状態で固まってしまいました。

●音が全体的にうるさく感じるようになり、音楽もテレビも遠ざけるようになりました。

●目頭は常に熱く、ちょっとした瞬間にポロポロを涙が出るようになりました。

●味を感じなくなったので食事もまったく楽しくなく、必然的に食欲もなくなっていきました。

●だるくて眠いような感じは続くのだけど寝つきは悪く、寝てしまうと起きるのがまた辛い。

ほとんど正確な記憶ではないですが、たしかうつ病診断を受けて社長に

「まだやれます。」

と報告してから3ヶ月ぐらいの期間で、もう仕事どころか日常生活にも支障をきたすレベルで心身は異常な状態へと悪化していました。

もう仕事を続けることは出来ない。仕事を辞めないとこの状況を変えることはできない。

冗談ではなく本気で、僕は「死」の予感を感じて恐怖していました。

(まだ死に対して「恐怖」の印象を抱いていたのが救いといえば救いです)

そうして僕は決死の思いで退職願いを出して会社を辞めることになりました。

2004年の下旬の頃でした。

仕事を辞めると決めて・・・ヨメさんとの溝

2004年の下旬の頃、その日、仕事終わりのヨメさんとたまたま自宅近所の和食屋さんの個室で夜ご飯を食べた日。意を決して、仕事を辞める事を言いました。

ヨメさんにはすでにうつ病である事を伝えてありましたが、以前にも生活の心配、つまり金銭的な心配についてストレートにぶつけてきたこともあり、僕にとって「仕事を辞める」と伝えることはとてもハードルの高い行為でした。きっと厳しい事を言われるに違いない。

緊張と不安もあり、僕はボロボロと泣きながら「辞める」と伝えました。

「辞めてどうするの?」

大きなため息と残念な感情を隠そうともせず、半ばにらみつけるような表情で問うヨメさん。

ボロボロ泣くばかりで何も答えられない自分。

これからの生活などの不安を感じているヨメさん。

まず何より「死」の恐怖を感じている自分。でもそれを伝えることが出来ない自分。

気まずい時間だけがゆるゆると過ぎていきました。

「好きにしたらいいよ・・・」

最後はヨメさんのあきらめの言葉でこの場は終わりになりました。

お互い冷静になれず、考えも思いもスレ違い、大きな溝が残りました。

最悪の時間、最悪の気分でした。

会社を辞めて・・・最悪のピークと回復と地獄

数日後、会社にも正式に退職届けを提出して無職になった自分は、その日から数週間の間ほとんどの時間を寝て過ごしました。

まったくの寝たきりとまではいかないまでも、身体は重く起き上がれず、何もやる気が起きず、唯一出来ることは寝ることだけ。

もそもそと食事を取る時とトイレと風呂以外はほぼベットの上でただただ何もない時間を過ごしました。

心身の不調度合という意味では、この時が最悪のピークでした。

心はベタ凪の真っ暗闇、暗黒。

身体は鉛より重く何をするにもダルく動かない。力が入らない。

しかし、このほぼ寝たきりの数週間を経て、うつ病は回復の方向へ向かうことになります。

そして、ここからの回復の道のりが、新たな地獄の幕開けでもありました。

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