うつ病患者と家族の接し方。一番身近な人が最大の敵にも味方にもなる

うつ病家族との接し方

僕がうつ病真っ盛りだった頃、最も怖ろしい存在だったのは、一緒に住んでいるヨメさんでした。
そして、最も頼りにしている存在もまた、常に一緒にいるヨメさんでした。

一番身近な存在だからこそ、彼女の一挙手一投足によって傷付けられたリ安心感を得たり、影響をモロに受けていたのです。

うつ病を寛解した今にして思えば、彼女の支えがあったおかげで今こうして生きていられると感じています。が、真っ盛りの当時はヨメさんこそが最大の障害であり敵とまで感じていました。

「理解されていない」から傷付く

なぜヨメさんのことを怖ろしい存在、敵、と認識していたかというと、自分のことを「理解してくれない」から「傷付けるようなことをする」存在だと感じていたからです。

うちのヨメさんという人は割合はっきりしたサバサバ系の性格の人なので、例えばこちらが暗い顔をして落ち込んでいたり、考えがまとまらず意思をはっきりと示せなかったりしていると、はっきりと不快感を示しました。

暗い顔をしているのも、はっきり出来ないのも、うつ病の症状の一つでどうしようもない。のになんでそれを理解してくれないんだろう。と僕は僕で思っていましたが、その思いを伝える術もまた持っていなかったので、そのすれ違いが軋轢を生んでいたのです。

「理解されない」という思いは、身近な人にだけ感じる感情です。
職場や友人などにはそういった感情は湧きませんでした。

それはそもそも自分がうつ病で苦しんでいるという事を伝えていないこともありましたし、理解してほしいとも思っていなかったからです。

それに自分が暗い顔をしていようと職場なら仕事さえきちんとしていればOKですし、落ち込んだ気分の時には友人と会わなければよいので、都合の良い距離感を都度調節すれば負担になることもないのです。

ところが一緒に暮らしている家族、ヨメさんの場合はそうはいきません。
家にいる間はどんな状況でも一緒にいるのです。

なのでせめてうつ病で苦しんでいることを理解してほしい。
自分ではどうにもコントロールできないという事を理解してほしい。

ですが実際はなかなか病気のことを理解してもらえず、僕のやらかしたちょっとした事でヨメさんがイライラし、ヨメさんのイライラによって僕はますます追い込まれ・・・という負のスパイラルが続いていくことになります。

いわば逃げ場のない状況でお互いが追い込まれる事になるので、一番身近なヨメさんこそが最も恐ろしい存在であり、病状を悪化させる最悪の敵だと思うようになっていったのです。

一緒にいてくれるから安心できる

調子の悪い時にはお互いを追い込む事になるため最悪の敵だと思っていたヨメさんでしたが、逆に調子の良い時、落ち着いている時には、一緒にいてくれる事が安心感に繋がっていました。

時と場合によりますが、一人になると余計な事を考えてしまい一人で勝手に落ち込んでしまう事が割合多くあったので、一人でいるのはけっこう危険でした。
※だが一人の時間がないとそれはそれでストレスが溜まって良くないのです。要はバランスの問題です。

一緒にいて特別何かをするでもなく、一緒にご飯を食べるとか、ぼーっとテレビを見るとか、普通の日常生活を過ごすだけですが、それが一番安定していて安心感があったのです。

急激な環境の変化が一番危ないらしい

調子の悪い時には最悪の敵となり、調子の良い時にはいてくれて良かったと思う。
特にうつ病とかじゃなくてもこういう心境の変化は普通にあるものですが、うつ病を患っていると、この落差が異常に激しくなるのです。

なので最悪の時にはヨメさんといるから苦しい。自分がこんなだからヨメさんを苦しめている。という思い(思い込み)が止まらなくなり
「離婚したい」「別れたい」
「消えてしまいたい」「いなくなれ」
と離婚や別居、もしくや蒸発や自殺まで本気で頭をよぎる事が幾度となくありました。

急激な環境変化は大きなストレスとなり病状を悪化させる可能性が高い。

と言われていますが、それを知っていたのか、それとも本能的にそう感じていたのか、もしくは彼女のプライドがそうさせたのか。

取り乱していた僕に対して、なんとかギリギリで踏みとどまって一緒にいる事を選択し続けてくれたヨメさん。

おかげで、うつ病の症状が回復に向かい安定していくにつれて、ヨメさんが一緒にいてくれているおかげで得られる安心感がより増していき、完解した今ではヨメさんの存在こそが自分を立ち直らせてくれた。と感じるまでに至りました。

共倒れにならないために

かなりキツい状況の中でも一緒にいる事を選択し続けたヨメさんに今では感謝することしきりですが、もう一つ良かったことは、ヨメさんが共倒れにならなかった事だと今この記事を書いていて気付きました。

思い返すと、その当時(今でもそうですが)ヨメさんは友達と飲みに行ったり遊びに行ったり、ストレスを発散する機会を多く持っていた気がします。

共倒れになることなくなんとか凌いでこれたのは、そうした発散を頻繁に出来ていたからだと思います。

そうして考えると、改めてストレス発散はめちゃめちゃ大事ですね。

※この体験記は個人の記憶と主観に基づいて書かれています。
医学的な情報などはなるべく正確を期す様に心掛けておりますが、あくまで個人の体験談として読まれるようお願いします。

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